IMG_6158.jpg

実家に居ようとも自宅に居ようとも
親父とは必ず酒を吞みかわす
前立腺癌の抗癌剤で苦しむ前は
行けば必ずしていたこと
これが自分の親父に対する供養になる

IMG_6305.jpg

父亡くなる

34393856_Unknown.jpg

毎朝撮っていた赤い丹沢がなぜかピンボケした1月21日。
その時はいきなりやって来た。
妹から父が「今日明日持つか」との連絡。

IMG_6066.jpg

正月からその日の4日前までウィルス性胃腸炎で
食事も摂れず寝込んでいたため体力も衰えていた。
「生きている間に親父に会わなければならない」。
その一心で家を出た。
外に出たら空は青空で背中を押すかの様。
それまで近場しか行き来できなかった体に鞭を打ち、
駅へと急ぎ電車に飛び乗った。

34393872_Unknown.jpg

紅梅や白梅が目の前に見える
ホスピスの病室に移されていた父は
既に目も開けられず浅い呼吸をしながら
生死の狭間で闘っていた。
自分が声をかけた瞬間、顔が赤らみ呼吸が激しくなった
声が聞こえたのだろう。
生き延びようとする意志が伝わる。
しかし…

IMG_6069.jpg

15時頃心肺停止、15時26分死亡確認。
享年満84歳。父は旅立って逝った。

34393904_Unknown.jpg

不肖の息子だった。
父子喧嘩も絶えずいつも迷惑ばかりかけてきた。
最後の電話の会話も胃腸炎で苦しむ最中で
「ごめん親父、俺が先に逝くかもしれない」だった。
ただ父は自分が入院してからの心の変化を良く知り
今までの事しか知らない母や妹から自分をかばってもくれた。
自分が病気して初めて変わるなんて遅すぎたのだが…

IMG_6074.jpg

家に帰ってきても父の体は暖かかった。
死んでいるとは思えないほどに満面の笑顔。
その時だけ人目を忍んで泣いた。

命尽きるまで自分を心配してくれた父への最後の親孝行。
喪主は入院中の母に変わり全部引き受けた。
それからは泣く暇などなくなった。
妹に助けられつつも忙しい毎日になった。
あれやこれやの準備や作業。
父の遺体の管理。
追われるように作業が続きパニックになった。

IMG_6133.jpg

葬儀の日、喪主としての挨拶があった。
人前で話すのが苦手な自分を後押しして、
10分近いスピーチをさせてくれたのも父だろう。
接待も無難にこなしていった。
最後の最後まで父の手助けを受けるなんて
情けないやら申し訳ないやら。

IMG_6211.jpg

ずっと笑顔のままだった父の遺体はお骨と変わった。
まだ実家にいるが父の体を見れるのは
四十九日までの後数週間。
まだ気は張ったままだ。
父は生まれ故郷の群馬に帰っていく。
ここからではそう簡単に行けない距離。
恐らく自分が号泣するのはその日以降ではないかと思う。

IMG_6213.jpg

余談だが病床の母には父の死は隠している。
家にはもう戻れないだろうとの医師の話なので
余命宣告が出た時に話すつもりだ。

父の溺愛した母だ。
すぐに連れて行きたくなるだろう。
でも今ここで連れて行かれたら我ら兄妹共々心体を壊してしまう。
少しだけ父の母である祖母に甘えていてくれよな。

34393936_Unknown.jpg

最後は癌そのものと抗ガン剤の副作用で苦しんだ父。
今はもう三途の川も渡りさぞや楽になった事だろう。
3月4日に生まれ故郷で四十九日の法要を行うからな。

梅雨空

梅雨空の中いつもの通院日
心外膜炎と蜂窩織炎は良好だった
しかし会社で受けた検診センターから
嬉しくない紹介状が…
中には慢性胃炎と十二指腸炎
さらにピロリ菌の存在が書いてあった
すぐ消化器官系の医師のところへ移動

IMG_1920.jpg

5~6月汗が出ず具合は悪かったのは
尿酸値が上がったのが理由
ほとんど毎日お腹を頻繁に下していれば
体内の水が減って汗をかかなかったのも当然
全身麻酔も内視鏡も初めてだが
オーバーホールするには良い年頃なのかもしれない

IMG_1917.jpg

覚悟を決めて外に出たらタイサンボクの大輪が咲いていた
初めて見る大きく綺麗な白い花
もしかして応援してくれているのかな

IMG_1923.jpg

紫陽花にかこまれて大銀杏も待っていてくれた
今回は癌でも見つからない限り入院はない
またこの病室に来るなよ
大銀杏は笑って話しかけてくれた

IMG_1922.jpg

地上の花火
額紫陽花もそろそろ終わりの時期
でも丁寧に人の管理がなされているので
綺麗な姿で帰りを急ぐ自分を見守ってくれていた

春紫苑 姫女菀

松任谷由実の曲に「ハルジョオン ヒメジョオン」という曲があった
ハルジオンが正解なのだが題名などどうでもいい
二つ並べて題名にしているのに
ほとんどが姫女菀を歌う曲になっていたのが印象的だった

生命力の差で人の扱いが正反対に変わる
同じ花を咲かせるのに観賞花と野草花
育てられる花と駆除される花
どちらも人の都合で好き好んで来たわけではないのに

自分は姫女菀が好きだ

人の我儘で野に捨てられ駆除もされ
それでもたくましく生き抜く
その強さにあやかりたい

どんなに人に嫌われても
強く生き抜いていかねば…

20160525220446368_2016062621271746d.jpeg
花壇に咲く春紫苑

201605252129290ae.jpeg
電車道に咲く姫女菀

通院日

IMG_1609.jpg

IMG_1603.jpg

IMG_1604.jpg

IMG_1607.jpg

前回通院した時には大銀杏はまだ冬姿だった
あの頃体調は最悪だった
心臓の診察結果はまぁまぁだったのだが
直前にいろんな事が私事であり過ぎた
心を病んでいたのだろう
色々な桜が咲き
乱れた心を癒してもらった

IMG_1728.jpg

IMG_1730.jpg

大嵐だった今日再び通院
大銀杏は青々とした若葉を開いて待っていてくれた
強風を踏ん張らずしなやかに受け流す大銀杏にまたは励まされた

突っ張って生きて行くのが全てじゃないよ
時には受け流す事も必要だと…

思えば職場では突っ張って突っ張って生きて来た
技術屋の悪い癖
特に自分は職人気質なとこがあるので
その癖は半端なく若い頃は意見が合わないと喧嘩腰だった

もうそんな歳じゃないよ

そうも言われた気がした
穏やかになって仕事をしたい
プライベート時間では
それができるようになったのだから…

IMG_1725.jpg

IMG_1727.jpg

雨に濡れた花は可憐で優しく逞しい
自分もそういう人生を送りたい

----

季節の変わり目はどうも体調が不安定で
1ケ月以上お休みして申し訳ありませんでした。
ちなみに診察結果は退院後一番良い結果でしたよ。
プロフィール

童夢☆彡

Author:童夢☆彡
写真・エッセイを綴っています
気まぐれなので
記事のアップは不定期です

返事が苦手で
コメント欄を閉じています
もしコメントを頂けるなら
拍手ボタンを押すと
コメントが非公開でできます
宜しくお願い致します

カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
検索フォーム
QRコード
QR